元 号(西 暦) 年 月 日 任 免 事 項
天 保(1835) 6.11.11 薩摩国鹿児郡上之国に生まれる。父は鹿児島藩士 柴山権助、母は
叶子の長男。幼名を龍五郎という。王政維新の後、景綱と称す。
文 久(1861) 元年 藩主の生父 島津久光の先定供
(1862) 2. 寺田屋事件に加担して捕らえられ、鹿児島で謹慎
叶子の長男。幼名を龍五郎という。王政維新の後、景綱と称す。
文 久(1861) 元年 藩主の生父 島津久光の先定供
(1862) 2. 寺田屋事件に加担して捕らえられ、鹿児島で謹慎
明 治(1868) 元年 戊辰戦争には越後口に本営付監事として出征す。
(1869) 2. 3 砲兵1隊長(知政所)
(1871) 4. 8 小隊長(鹿児島県)
(1872) 5. 1.18 軍陸省10等出仕、築造局分課築造係を命ぜられる
(1874) 7. 4. 4 東京府下等月給下賜
(1875) 8. 6.13 東京府大属囚獄係勤務
8.12.27 警視庁8等出仕、西洋人銃猟取扱掛、屠牛場係、黴毒検査取締勤務
(1877) 10. 5.23 警官辞職
10. 7.31 山形県8等出仕
10.11 県庁に出勤、第5学務課勤務を命ぜられる
(1878) 11.11. 1 山形県東置賜郡長に任ぜられ2日任地に赴く
(1880) 13.12. 3 山形県南置賜郡長兼任となる
(1880) 13.12. 3 山形県南置賜郡長兼任となる
(1882) 15. 1.26 福島県1等属に転任、学務課長を命ぜられる
15. 4.15 〃 赴任する(疾病のため)
(1883) 16. 2. 1 福島県伊達郡長に任ぜられる
16.11. 7 福島県信夫郡長兼伊達郡長に任ぜられる
(1884) 17.11.20 福島県信夫郡長専任となる
(1886) 19. 4.19 警視庁に任用の内命あり(警視)
御料局主事(伊勢国度会御料地度会事務所)
(1893) 26. 2. 6 免官
(1911) 44. 9. 6 77歳 死去
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